序
――首を絞める、夢を見た。
もういっそ、終わりにしてしまおうか。
夢の中での私は正に追いつめられ、そして狂気に駆られ――否。今でも十分私は狂気に駆られている。
現実から目を背けここまで逃げてきてしまった私は、もう十分に落伍者だ。目覚めの気分は当然ながら最悪で、こちらでもあちらでも。畢竟、私の居場所などどこにもない事を知り、長い長い、乾いた長嘆をまた一つ私はこぼすのである。
そして、がむしゃらに頭を掻き毟る。
虱はいない。だが、もう相当長い間私は風呂にも入っては居ない。顔を擦れば垢がぼろぼろとこぼれていた。
私はそれから漸く、取り敢えず目先の現実を受け入れ、のそりのそりと身を起こした。
簡素な田舎のバス停留所の中である。
一応に屋根があり、壁は戸板で仕切られている。雨風はどうにか防げる。有り難い。
だが、ここは人が暮らすには余りにも不向きな場所と呼べるだろう。私は移動しなければならない。
「くしゅん」
鬱気を吹き飛ばすかのような可愛らしいくしゃみが、一瞬小屋の中に響いた。思考が妨げられた。
そこで、私は振り返る。
幼い黒髪が目に映った。そこには、私が現実一切を諦めてしまったのと同じく、疲れた顔をして眠る彼女が居た。幼い、という表現を用いたのは、少なからず彼女がこの私より若いからだ。
私は二十代を間もなく終えようとする至極つまらない唯の男であり、そして彼女は、本来ならば人生にて一番瑞々しい輝ける時期を送れる筈であった、一人の不幸な少女であった。
私は十年間どうにか耐えた。しかし彼女はそれすら待つ事も出来ず、私と共にこのくだらない、現実逃避の道を選んでしまった。その上ではまだ私の方が幾分幸せと呼べたのか?
私の知らない、より深い絶望に彼女は身を浸してきたと云うのか?
いずれにせよ、今私達にお互い同情など無意味だ。
だが私は一瞬己の哀れさをこの少女に重ね見ていたとでも云うのか。
憐憫――儚む感情だ。それがどうやら私を、突き動かしたらしい。
私は羽織っていたコートを彼女の背に掛けてやった。
硬い木のベンチの上には、彼女の眠りながら流した涙の跡が一筋、まだ乾かずに残されていた。
私はそれを拭ってやろうかと思い、躊躇われた。
触れる事で何かが変わるやも知れないと、淡い恐怖を抱いた。
それから代わりに、私はポケットの中身を探り、煙草と百円ライターとを取り出してバス停の表へと出た。
火付きの悪いそれで、火を点けた。煙を彼女が嫌がるからだ。
瀟々とやがて雨が降り出してきた。
小糠雨に打たれ、私はこれからの事を考えねばならなかった。
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