お姉さん?


僕の家は久々に騒がしかった。
まあ、僕を除いて。
「だ、誰なんですかあなたは!」
「だから私は守の姉だと何度も」
「なんでお姉さんが守の天使様なんですか!」
「家庭の事情というものに軽々踏み込んでくる子ね」
「な……そんなんじゃ」
「私は姉ヶ崎家の長女、恵と書いて“けい”と読む。気軽にけいちゃんって呼んでくれて構わないわよ」
「字が私とおなじ……ってなんかちょっと可愛い感じで呼ばせようとしてるし!」
「あなたの名は?」
「……恵と書いて“めぐみ”です」
「あら同じ字? ふふ、なら仲良くしないとね」
「なんであなたなんかと……」
「一応命の恩人なんだけど」
「それは……ありがとうございました」
「意外と可愛い所もあるのね」
「ぐ……」
……そろそろ二人の言い合いも終わったかな?
「あのさ、二人とも」
僕は恐る恐る声を出す。
「なによ?」
「なにかしら?」
それぞれ違う、鋭い視線と柔らかい視線が僕に集まった。
どっちがどっちかは言うまでもないが。
「とりあえずさ」
そう、とりあえずは……
「家に上がろうよ」
まだ玄関だった。



恵をリビングに通し、お茶をいれる。
恵は姉さんと共にソファに深く座りながら、ずっと黙ったままだ。
「お待たせ」
「ありがとう、守」
「あら、いつの間にこんな美味しくお茶をいれられるようになったのかしら」
「そうかな、自分じゃわからないや」
姉さんはさっき光の中から現れただなんて感じさせないくらい普通にお茶を口にした。
「あ、あの」
そんな姉さんに、恵が声をかける。
「なにか?」
姉さんは余裕のある笑みを浮かべていた。
「とりあえずあなたが守の姉で、天使様なのはわかりました。でも……」
「でも?」
「守はいままで天使学が苦手で、実技でも天使様を呼べたことがなかったんです」
「ええ」
「なのに……なのにさっきはあなたを……」
「呼べたわね」
「……おかしいじゃないですか。普段、天使学をちゃんと勉強してない守が天使様を呼べるなんて……しかも自分の姉のあなたを」
「ふふ、だから……それが家庭の事情なのよ、恵ちゃん」
「……」
「理解はしても、納得はいかないって感じかしら。それもそうよね、好きな男の子のそばに女が現れたら」
「す、好きな!?」
「ね、姉さん!?」
「うふふ、違うのかしら?」
「ち、違います! 私が……こんな頼りなくて、ちょっとしか格好よくない守なんて!」
なんか少し褒められた?
「まあいいわ」
「よくないです!」
「僕も……よくないかな」
「あら、守は嫌なの?」
「そうじゃないけど」
「だそうよ、恵ちゃん」
「あ、えと、それは……良かった」
「え? 恵、いまなんて言ったの?」
最後の方が小さい声だったために聞こえなかった。
「なんでもない!」
焦りながら言う恵。
「ふふ」
姉さんはまたもや余裕の笑みを浮かべていた。
「まあ、簡単に言うとね、恵ちゃん」
瞬間、姉さんの瞳からなにか力を感じた。
「そ、そんなことが……すみませんでした」
「え、え?」
僕は、いきなり恵から迫力がなくなったことに戸惑いを覚える。
「守もごめんね。大きな声も出しちゃって」
なにがなんだかわからないんだけど……と口にしようとした時、ふと姉さんを見る。
その目からは
「ちょっと記憶をいじっただけよ」
なんて言葉を感じとれた。



「じゃあ私は帰るね」
「そこまで送っていくよ。もう遅いし」
「いいよ、悪いし」
「遠慮しないでくれよ。恵らしくない」
「な、なによそれ!」
「はいはい。じゃあ姉さん、行ってくるね」
そう言って、僕達は家を出た。
外はもう暗く、見送りは正解だったらしい。
さすがにこんな道を、馴染みの深い僕から見ても可愛いに入る女の子一人で歩かせるのは嫌だし。
「ね、ねえ守」
「ん?」
「今日はごめんね」
「べつに謝るようなことは」
「私のせいだもん、怪物に襲われたのは。お姉さんを呼ばないで頑張ってたのに、私のせいで呼ぶことにもなったみたいだし」
「まあほら……気にするなってことで」
「そんなの……無理だよ」
「……」
「私ね、昔から天使様の力を借りたあとってツイてないんだ」
「いままでも今日みたいなことが?」
「んーん、今日のはいままでで一番。私天使様に嫌われてるのかな……なんてね」
言いながらこちらを向いた彼女の顔は、少し寂しそうだった。
「と、もうすぐ家だからここでいいよ。ありがとうね守」
「ああ、うん」
僕は恵に手を振りながら、寂しげに去っていく後ろ姿を見送った。



「……ふぅ」
まったく、我ながらこうもツイてないとはな。
いや、ある意味ツキ過ぎているのか。
こんなにも早く……
「会えるとは」
そしてこんなにも早く、出会ってしまうとは。
「まあどちらにせよ変わらないだろうな」
……放っておいても消えてしまう。
「だが」
それなら……それなら私は自分の手で決着をつけたい。
大切な物のために失ったこの身体で。
私は……
「私は恵だから」




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