風見が丘学園
「守、守! 姉ヶ崎守!」
女性の声がする。
熱くて、息苦しい暗闇の奥から。
これがあの世ってやつなのかな……はは、まだ早いと思うけど。
まあ、いいや。
…………。
……。
「…………バカなこと考えてるんじゃないわよ」
その声が聞こえたあと、僕の意識は更に遠のいていった。
風が見える丘。
そんな訳のわからない名前のついた丘の上に、風見が丘学園はある。
四階建てのその建物は、いまどき珍しい木造建築だ。
建てられてからすでに30年以上経っているらしいが、それでもいまだ現役なのは誉めるところだろうか。
「……はあ、だるい」
そんな学園の階段を上りながら、僕は自分の教室がある3階を目指していた。
「おっはよ、守!」
後ろからバシンと僕の肩を叩いたのは恵だった。
「おはよう、メグ」
「元気ないね、どしたの?」
「んーん、なんでもないよ」
昔から、いつも元気な恵にそう言って苦笑した。
「あ、今日は天使学の授業があるからそれが嫌なんでしょ?」
「ああ……そういえばそうか」
「ほえ、違った? んー、じゃあなんだろ」
「べつになんでもないから、ほら、行こう」
そんな感じで僕達は揃って教室に入った。
まあ教室に入ってからすぐに恵は友達のところへ走っていったけど。
「おーす、いつも通り白けた顔してんな守」
「お前もな、泰明」
教室に入っていきなり悪口で声をかけてきたのは泰明だった。
こいつもまあ、古い付き合いの一人だ。
「そういや今日の天使学、なんでも簡単な実技あるらしいな」
「へぇ、ついに実技か」
「面倒だよなぁ、でもさ、可愛い天使様に憑いてもらえたりしたりしちゃったら……ムフフ」
「キモいぞ」
「男なら誰だってそう考えるもんだろ」
「可愛い天使様ねぇ」
僕はなんとなく眠い目をこすりながら、担任が来るまでのしばしの間を泰明と過ごした。
「はい、では皆さん、日頃の成果を確認するためにも今日は多少の結果が出るよう頑張って下さいね」
優しく美人ということで人気のある天使学教師の美冬先生のその言葉を機に、クラスメート達は各々一斉に使文を唱え始める。
使文とは、簡単に言えば天使様天使様、私にお力をお貸しください……っていう言葉の羅列だ。
今日はこの授業はじめての実技のため、周りのやつらの気合いは結構すごい。
「まあ、天使学はこの学園の代名詞だしね」
とはいえ、なんとなく気が乗らない僕だった。
「ねえ見て守! 私が呼び出したのはどうやら光関係の天使様みたい」
興奮しながら言う恵の手元には、明るくなったり暗くなったりする小さな球体があった。
「それなにに役立つんだよ」
「それは……懐中電灯代わり?」
「ふーん」
「ま、まだ慣れてないから仕方ないのよ! だいたい守はどんな天使様を呼び出したのよ!」
「僕は……」
まだ、なにもしてなかった。
「ふふん、なんだ、私の勝ちね」
恵はそう言って、誇らし気に自分の席へ戻っていった。
「……はぁ」
僕の天使様……か。
その授業の残りの時間、僕はただ外を眺めて時間を潰した。
天使様の力を借りて、生活に役立て、世のために働く。
そして風見が丘学園の入学はその才能があるものにだけ許される。
普通なら喜ぶべきことだ。
……でも僕には喜べなかった。
風見が丘学園での授業も憂鬱でしかない。
なぜなら……
なぜなら僕は、もう天使様を呼べないから。
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