第十話
 
 


 ゆっくりと息を吐き、精神をリラックスさせます。

 問題ない、もう何回も成功している。やれる…


「ほら、高まってるものを排除しろ」


 師匠の声が耳に届きます。

 余分な魔力を注げば失敗、足りなくても失敗。

 この加減が中々に掴み辛く、洞窟から帰って来た後も、魔法は失敗続きでした。

 わたしは、肩の力を、抜き要らない魔力を、カットします。


 右手にはエーテルの薬瓶の感触。

 全体には魔法の手応え。


 バッと瞳を見開きます。


 視界は師匠の工房
 わたしと師匠の家。

 目の先には、師匠が用意したお馴染みの強化硝子。
 それはテーブルの上にキッチリ固定されています。


「行きます!」


 高々と宣言すると、全てが詰まった右手を振り上げ―――


 強化硝子に投げ付けましたッ!


 途端、エーテルはまるで砲撃のような水流へ変化して、強化硝子を叩きます。

 ズボボっと荒ぶる凄まじい水砲が鼓膜を打ち、圧水に負けた強化硝子は音もなく砕け

 その矮小な身が力強い水の中に飲み込まれていきました。


 身を駆け回る爽快感に、体が無性に擽ったいです。


「………やった! やったやった! 百発百中! 師匠ぉ、もうわたし初歩魔法を完全にモノにしましたよ!!!」


 成功の感触に身体を抱いて喜び、キャッキャッと師匠の元に駆け寄るわたしを師匠は「はっはっはっ」と迎え入れ、

 クルリと回して床に勢いよく叩き付けました。


「ぐえぇ!? 久々の感触…」


「馬鹿! やり過ぎだ! 工房が水浸しじゃないか! さっさと片付けろ!!!」


 師匠は、水砲の影響でメチャクチャになった様を指差しながら怒り散らします。

 その後、わたしの頬を靴でグリグリと踏み付けました。


「ふぁい………」


 わたしはヨロヨロと雑巾を片手に、自分が起こした魔法の後片付けを開始するのでした。



 魔法学校入学試験まで あと 三十四日



……………



……………



……………




◆◇◆◇◆◇◆◇




 まるで、肉切り包丁が固い獲物を断ち切る時に出す擬音に似ている。

 液体が一気に噴出し

 空を何かが舞い踊り

 一模様を、彩る。


「あが…、ィィ゙あ゙ぁぁあ゙ああああぁああッッ!!!!!」


 闇だけが貫く森林で、大きな叫び声だけ児玉する。


「あぎ、あぎ…、あが、…う、で…あ、腕…、ぎッッ〜〜〜、ぃぃいッッッ!!!」


 喉からひり出る苦悶の業火。

 それは明らかに怯え、激痛が含まれた男の声色。


「ひ……ひひひ!! ねぇお兄さん、いくらイタイからって、立派なオトコの人が下品な声出さないでよ………幻滅しちゃう。
 ひひひひ、ひひひひひひゃひゃひゃひゃひゃひゃァァア!!!」


 甘く、しかし狂った声が男の声量に乗っかり、握り潰して粉々に掻き消す。

 男は豪奢な甲冑にその身を包み、兜で頭を覆い隠している。

 それは一目で見る限り、絶対の防を施した火の国の兵の姿。

 そんな最強国の屈強な筈の兵士は、膝を地面に付けて、先程から敵に請いている。
 兜のせいでその表情は知れないが、悲痛に満ちた声は、それ以上の戦意が無い事を物語る。

 蛇が動く。いや正確には『瞳の蛇』が

 火の国の頑丈な兵士をここまで追い込める者、そうはいまい。


―――いるとしたら、そう、水の国の卓越した魔法使いとか。


 大きな木を背にする彼の前には三人の女性が佇んでいる。
      ・
 左右の二人も魔法使い。

 右の女が放った光の一閃は、彼のすぐ側にいた同朋の胸を大きく穿った。

 左の女は大きな水の塊を作りだし、何人もその塊に飲み込んで溺死させた。

 しかしそんな超大な力を持つ彼女らも、所詮は中央の魔法使いの女に付き従う者。
 だからこそ、この中央の女だけは明らかな特異。

 元々、彼が含まれる暗の一個小隊は闇に紛れ、昼に入手した情報の基、敵の宿舎を襲う。
………筈だったが、その途中、彼女達が現れたせいで、隊は脆くも崩壊し散り散りに。

 そこで嵌められたと誰もが気付くが、もう遅い。

 半分がその場で討たれ、中でも鈍足で入隊したての貧弱な彼が目を付けられ、後回しにされ、
 そして今、彼女らのいい嬲り者にされている。


 だってほら、証拠に、彼の両腕、肩から下、無いのだ。


「ひひひ…」


 敵を砕くべき刃を持つ方の腕は、今さっき飛ばされた。

 身を守るべき盾を持つ方の腕は、中央の彼女が今も手に持っている。


「ひ、ひひひ!! ざまぁ…ざッッまぁあぁああああああ!!! ひ、ひ、ひひひひひひひ!!! 奇襲かけようとして逆に奇襲されてるぅぅううう!!! ひひひ! ひひひゃひゃひゃひゃァ―――!!!!!」


 彼をこんな姿に変え、顔を『嬉』で大きく歪ませ笑う中央の女は狂っている。

 中央の紫の髪をした女は狂っている。

 中央の両眼を布で巻いて隠している女は狂っている。


 その布に描かれた捩る大蛇の姿がとてもリアルで、
 今にも毒の牙を繰り出し飛び掛かって来そうな錯覚を見た者に与える。

 でも今、男の命を追い詰めているのが大蛇ならば、幾分ぐらいはマシだ。

 なにせ大蛇に人程の知能などある筈もない。
"なぶり殺しにする" と言う慈悲無き行為をしないし、出来る訳もない。


 殺るやら、躊躇わずに殺るだろう。
 
 そして、殺らないのが彼女達だ。


 空が描く朱い半月を薄い目で見ながら、男は思う。

 こうも魔法使いと言う人種は人と明らかに違うのかと。

 水の国と火の国、この二国の兵力差は大きい。
 本来なら水の国など容易に叩き潰せる程に。

 だが、未だ叩き潰すに至らない。
 何せ水の国にはその兵力差を生める存在がいるのだから。

 水の国にしか存在しない "魔法使い" と言うおかしなおかしな生き物が。

 男の隊は総勢十二名。中には屈強な男しか存在しない。
 対して彼女等は女男混じっての七名程度。
 数字的にも力量的にも圧倒しないとおかしい。
 だが、火の国の兵士達はたやすく薙ぎ払われた。

 不幸にも、
 魔法使いが三名もいたから。


 たった、それだけで。


 彼はさっきから請いている。

 味方が死に、指揮していた上官が逃げ、この場で火の国の兵として独りになったその時から、この三人に請うている。

『早く殺してくれ』と。

 しかしそれは未だに叶わず。
 舌を噛みちぎろうとしても、中々上手くいかない。

 男を簡単に殺す訳がないのだ。
 きっとこれは彼女等にとっての御褒美。

 魔法使い三人は人の命を弄ぶ事に悦楽の味を感じている。

 だから死と言うゴールはまだ見えない。激痛の連鎖地獄。
 此は、まだその途中でしかない。

 だから、彼は彼女等に目を付けられた不運を、精一杯呪う資格がある。

 ギリッと奥歯を噛み締め、何とか一矢報入れと、男は余力ある限り、吠え滾った。


「呪われろ…水の国! 何が魔法は神秘だ、奇怪な妖術を使う悪魔めバケモノめ………!!! 貴様等は存在自体が許されない、この世界に不幸を呼び込む! お前らがいるから争いが起こる!
 呪われろ、滅びろよ………この、人の皮を被ったバケモノォォオオッッッ!!!!!」
 
 
 憎しみ有る限り込めた呪詛の紡ぎ。

 だが側に控える魔法使い二人は、僅かばかりの怒りすら見せる事はない。

 死にかけのゴミが放つ、狗の遠吠えなどノイズにすら成り得ないのだ。

 寧ろ『あー』と漏らし、同情の念すら男に抱く。


「―――大人しく嬲られていれば、もしかしたら次で死ねたかも知れないのに。バ・カ・だ・ね」


 片方の女が、そう呟く。

 目も唇も、嘲笑っていた。


「―――あァ………ひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ」


 蛇の女も同じく、怒りすら見せない。
 ただ、後ろの二人と違う所は、何か意味も分からぬ単語をスラスラと呟き始めた事。

 その女が紡いだ少ない言葉には、何故か安らぎに似た心地を呼ぶ声色が乗る。

 それはまるで、この場の領域を揺さぶるような、世界の理を一粒掌握してしまうような、
 そんな人の範囲から離れた空恐ろしい何かを孕んでいると男は直感した。

 彼は知っている。これが魔法使いの始動呪文だと言う事を。

 これが蛇の魔法使いの始動呪文だと言う事も。

 証拠に、血が滴る彼の腕を持つ手とは反対、何もない何もない空手に、何もない筈なのに小さく何かが湧き出ている。

 それは次第に一つの形を作り上げる。
 それが終わるまで湧き出ているものは止まらない。

 完全に視認出来る鮮明度を持って、男はそれが何だか知る。

 透明な槍…、いや剣か。
 ひとつだけ確かに解る事は、その武器は水で出来ている。

 その武器の中身は透けていて、先には遠く闇が続く虚空が見えた。

 蛇の魔法使いは、作り上げた一振りを胸の位置まで掲げ、無言でその出来映えを見る。

 見ると言っても、両目は蛇の布で完全に覆い隠されているので、見る仕草をしていると言う方が正しいのか。

 彼女は、それを地面に一度振り下ろして、具合を確かめる。
 
 そして唇を僅かに上げ、満足すると、柔らかい足取りで前へ。

 頭を垂れ、座り込む男の太股を、躊躇う動作すら無しに、その武器で、思い切り、振り落として、肉を、貫いて見せた。


「ぐぅううぅぅあ゙あ゙あ゙ッゔゔゔッッッ!??!!」


 まさか、これで終わりじゃないだろう。彼女は満足しない。
 だからこれからが始まりだ。


 男の悲鳴が止む前に、蛇の女は刺した武器を捩って引き抜く。

 噴き出る鮮血が小さな顔に飛び散るが、拭う暇すら惜しいと、矢継ぎ早に、もう一方の太股も同様に突き刺して肉を貫く。


「ツツッッ!!!」


 そして握り拳で刺し立てた水の刃のグリップ部分を叩く。


 もっと、もっと、深く深く入るように何度も。何度も。


 行為の熱は納まらず、ヒートアップするテンションのまま、
 彼女は腕力だけじゃ足りないと、華奢な足を振り上げて、グリップ部分を思い切り踏み付けた。



何度も。
何度も。
何度も。
何度も。
何度も。
何度も。
何度も。
何度も。
何度も。
何度も。
何度も。
何度も。
何度も。
何度も。
何度も。
何度も。



「…ぐ………ぅ………ぅ」


 激痛の涙と絶叫の声が枯れる頃合い、その頃に膝に残っている刃は、もはや手で握れる部分しかない。
 それより下は、完全に肉を引き裂いて地面にまで到達、貫通している。

 真っ赤な真っ赤な血がその身を汚すのに、
 鮮血が辺り一面を薔薇模様に染め上げたのに、
 絞れるだけの悲鳴を上げ続けたのに、


  男はまだ死ねない。


 地獄に似た痛みと苦しみの果てに解放はない。

 耐えた痛みの分だけ、先の地獄が待っている。


「ねぇ! テレサを斬ったの誰!? ボクのクレア様をさぁ、ブッ殺したの誰ッ!? 色んな魔法使いを殺しまくったのは誰!? ボクを殺そうとしたの誰!? ボクにこの目を使わせたの誰!? 開戦宣告出したのどっち!? 全部テメェ等火の国だろうがボケエエェェェ!!!!!!!」


 激情に任せ、蛇の女は男を兜ごと蹴り付ける。

 さっきまでは非力だった彼女だが、剣と言う楔を打ち付けている途中、中々奥に捩込めない事に苛立ち、魔法で脚力を充分に強化している。

 彼女が蹴り付ける度、後ろの太い木の幹に勢いのまま後頭部がぶつかり、バウンドする。

 兜の中では、頭があちこち揺らされて、脳味噌が飛び出してしまう勢い。

 男の意識など、とうに朦朧としていて、痛みに呻く声すら、果てて出ない。

 真っ白過ぎて、眩しい思考は、吹けば簡単に彼方へ飛んでいってしまいそうだ。


「ねぇ、副長様ぁ、もうソイツ壊れかけてますよ、そろそろ厳かな慈悲を与えてあげるべきじゃないんで・す・か?」


 興奮してそれに気付けない副長を見遣り、傍で見ているだけだった片方の魔法使いがそう告げる。

 彼女の思考の内はこうだ。

 元々、副長の拷問はあまり面白みを感じない。
 だが例のアレは別だ。

 最後に景気よく弾く素敵な花が見たい。

 だからこそ、付き合った身としては、こんなつまらない終わり方など勘弁して欲しいのだ。


―――途端、目は見えない筈なのに、副長にギョロリと睨まれた気がして、
 自身がとんでもない失言をしたのだと思い至り、顔を真っ青に染めて閉口する。


「………ひひひ、そーんな顔しなくても、仲間は殺しちゃ駄目だって釘を刺されてるから大丈夫だよ?
 でも危ない危ない、今、失念しちゃう所だった、ひひひ! ひゃひゃひゃひゃひゃ!!! さーて」


 首だけを部下の方に回した蛇の女は、戻し、改めて男に目を向ける。

 次に繰り出そうとした足は今、引っ込めた。

 兜を取る気は更々無いし、だから顔は伺い知れないが、雰囲気は明らかな死に体。
 だが幸な事に微かに生きてはいる。



 殺したくなったけど、部下が言ってくれて助かった。
 あと二回ぐらい蹴っ飛ばしてたらコイツ逝ってたかも分からない。

 血止めもそろそろ切れるし
 頃合いだね。



 蛇の魔法使いは、持っていた男の腕をぞんざいに草むらへ投げ捨て、その場に小さく屈み込む。

 そして瞳を覆っていた布の繋ぎ目を解き、スルスルと外すと、目前の死にかけ兵士を、ジィー…っと上目遣いで見上げた。


「ねぇ…お兄さん、ボクが見えるよね…? もう前の話になるけど、ボクね、魔法学校では特別な力があるせいで贔屓されて、それが原因で一塔の時、イジメられたりもしてたんだ。
 でも幼なじみの友達が『情けないですわー』とか言いつつも、いつもボクを守ってくれてたから耐えれたよ? 第一、一塔なんて今にして思えばガキ達の馴れ合いばかりなんだから。傷付くのもバカらしいよね。
 それでね、二塔に上がると魔法使いとしての世界がガラリと変わってね、派閥とかあるし、空気悪いし、悪い人ばかりでね、しかも戦場に駆り出されたりもするんだぁ…。
 まぁ、魔法使いとして公式に認められるのは一塔からだけど、事実上は二塔から。だから与えられた仕事をするのは至極当然だけどね。安くない御給金も貰う訳だから。途中からは割り切れたよ。
 でもその時はまだ人を殺してなかった。どっちにしろ戦場なんて少ないし、人を殺すような黒い戦場なんてなかった。
………故郷の学校の先生はね『神秘は人を傷付ける為じゃなく人を助ける為にある力』なんて言ってたよ。だからボクは人を助ける魔法使いになろうってずっと思ってた。
 でもね、それから暫くして本格的な戦争が起きてね、二塔もいっぱい戦闘に駆り出されるようになって、ボクも死にたくなくて初めて人を殺したんだ。
 ヒヒヒ、その後は三日眠れなかったよ。………日が経つにつれ、強い三塔の先輩達が徐々に欠けていって、足りない分、下から引っ張り上げられて、ボクあっという間に三塔入り。
 笑っちゃうよね。あんだけ雲の上だった三塔がだよ? 大体三塔とか何なの? 魔法学校なんて二年近く帰ってないのに。バッカみたい。
 主戦力である三塔でありながら火の国も水の国も何が目的で戦ってるのか分からないし、守るべき皇族は今どうなってるのかすらサッパリだし、何か頭パーになってくる感じがするし、バカだよホント。ボクを含めてみんな。ヒッ、ヒヒヒヒヒ!」


 それは男の耳に届いているか定かではない。

 しかし、その目は蛇の魔法使いをしかと捉えている。

 横半月に歪んでいる唇の上、酷く澄んだ赤の瞳を、そこから流れる雫を。

 だから、楔を穿たれた足から徐々に石化が始まっている。


「ごめんねごめんね苦しかったよね? ごめんなさい。だからせめて痛みなくボクが石にしてあげるから。
 もしかしたら遠い先ガードの誰かがこの石化を解いてくれるかも知れないよ。
 そうなったらいいね。きっとその頃にはボクは死んでて戦争は終わってる。
 そんな奇跡に遭遇したらいいね。お兄ちゃんなら起こせる気がするよ、―――ね?」





  ダカラ、オ ヤ ス ミ





………真っ暗な夜の闇に、ようやく本来の静けさが訪れる。

 男は結局、何も答えなかった。

 答えなかったのか、答える力がなかったのか。

 身を守る鎧や兜までも、石化してしまった今では、それを知る術はもう、ない。
 
 
 蛇の女は、しばし夜風に吹かれながら、石と化した火の国の兵士を見ていた。


 やがて、涙を腕で拭うと、布を再び巻いて、立ち上がる。


「ちょうだい」


 その一言に、さっき口を挟んで蛇に睨まれた方とは別の魔法使いが何かを唱える。

 パリッ、と稲妻がほとばしり、彼女の手には、およそ女の力では持てそうもない大きな物体が出来上がった。

 闇をおいて輝く光源。

 両手で持てる柄にあたる部分の先には、大きな大きな獲物が備わっている。

 見れば一目で分かる、巨大なハンマーの姿。

 作り出した魔法使いは、両手で掴むその光輝くハンマーを空に投げた。

 見た目とは裏腹に、その身は恐ろしく軽いのか、フワリと空中で漂い、蛇の魔法使いが両手を上げそれを受け取る。

 そしてそのまま上半身をのけ反らせ、大きく振りかぶった。



 目標は勿論―――



 振り抜いた先に破裂音

 粉々に砕け散った様は、正に夜に咲く花。

 命が果てる無慈悲な花の散り様。










「ひひひ、ひゃひゃひゃひゃ!!! 奇跡なんてある訳ないじゃん!! ふひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!! ここで!この地で!この場所で!こうやって死ぬのが!お兄ちゃんの必然なんだよ!!! そこに奇跡の介入なんて余地はない!!!!
 この世界に奇跡なんて存在しない!! そうだよねェ、ウンディーネェェエエエ!!!!!
 ひゃはははははははははははははははあははははははははははははははひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃァ―――ッ!!!!!」









 蛇の魔法使いは狂っている。


 傍らの魔法使い二人も男の末路に悦な表情を浮かべている。


 絶対的な暴力を前に、非力な者は抗えない。
 強い者だけが蹂躙する世界。



 これが戦い

 これが―――戦争







 蛇の魔法使いの高笑いはその後も暫く、厳かなる闇夜の静寂を遮り続けるのだった。
 
 
 
 
 
 お楽しみ会も終わり、熱が冷めかけた頃、彼女達の耳にダッダッダッと忍びを知らない地を駆ける音が入る。

 余韻に水を差すように、集団がこちらへ向かって駆けて来る。

 逃げた残党を追うように指示していた部下達が、標的を見失なったと報告に来たのだ。

 地の利はこちら側なのに何と言う失態。
 しかし全力必死で追ったのだろう、報告に来た三人皆、息も絶え絶えで、玉のような汗がその顔面を濡らしている。


「うっわ…サイアク、超死ねばいいのに」


 魔法使いの一人がそう吐き捨てると、彼等全員、萎縮し身を強張らせた。

 今の水の国、兵の扱いは相当に悪く、全てにおいて魔法使いより遥か下にある。

 元より魔法使いを守る為には命すら投げ出さなければならない存在でしかなく、価値もそれに準ずる。
 服装も一兵士にあるまじき軽装だ。

 魔法使いの気分次第で生き死にだって決まる。
 だからこそ彼等はその一挙手一道足に怯えた。


「いいよ気にしないで。ボクがニオイで追うから。
 皆さんは先に宿舎に戻って休んでいて。残りもボク達が片付けるから問題ない。
 一人死んだんだよね、その件は帰って隊長に報告を」


 この場で一番発言権のある蛇の魔法使いが、彼等の落ち度を咎めず引き上げるよう告げる。

 興奮を通り越して、冷静になったのだろうか。その声は酷く平淡で静かなものだった。

 雑兵が魔法使いを残して先に帰っていい筈がない。

 しかし今、これ以上の会話を望めば、副長の機嫌を損ね兼ねない。

 彼等は共に顔を見合わせると、頷き合い、三人の魔法使いに礼をし、闇に溶けてゆく。
 
 
 
 一迅が吹いた後
 再び三人の魔法使いと石の残骸が残された。


「………ふぁぁ………、眠くなってきた。レゾ、ソーン、残りは見つけ次第すぐ殺るから」


「"将官級は生かして捕らえろ" との隊長殿の指令がありますが?」


「知らない。頭痛いから戦えないとか言って仕事サボってる方が悪いよ。責任ならボクが取るからいいの、容喙しないで」


 レゾの提言をピシャリと遮り、キチンと布が結ばれているか後ろに手を回して確認しながら、
 蛇の魔法使いは、今の開けた場所より先の林に立つ。

 彼女は集中出来る環境さえ整えば、半径約一キロ半圏内、嗅覚や聴覚を駆使して正確に獲物を探し出せる。

 それは目に頼らない分、他の五感がフルに特化してしまった蛇の魔法使いならではの芸当。


「………、ん………?」


「如何致しましたか?」


 何か違和を感じたらしい呟きが混じる。雷の魔法が得意な魔法使いであるレゾが聞くが、蛇の魔法使いは答えを返さない。

 スン…スン…と鼻を吸う音だけが更に二、三回繰り返される。


「………残りの火の国の奴らのニオイが三つ、そのすぐ近くに新しいニオイが二つ」


「へぇ、新手ですか?」


 今度は水の魔法が特手のソーンが聞くが、これも返事は無し。


「………スン………このニオイ………、スンスン………ん、………んん……?………」


 首を傾げ、蛇の魔法使いは珍しく、口調が歯切れ悪い。
 何度も鼻で嗅ぐ事さえも同様。

 本来ならば、一度嗅いでもう一度確認の為に繰り返せば終い。

 いや、そもそも先程の言動では彼女は既に目標を捉えている筈だが、
 それでも何かを決め兼ねて、何度も嗅いでは、また首を捻る。

 よくは分からないが、魔法で嗅覚を強化しても副長のようにはいかないので、傍の二人は黙って彼女の背中を見ているしかない。
 
 戦闘では味方すら恐怖する蛇の魔法使いは、こうして見れば随分と背が小さいのが見てとれる。

 昔は臆病で気が弱くイジメられっ子だったと聞くが、今の彼女を上官に持つソーンからすればとても信じられない。

 こんな尖った針だらけがどうしたらそんな可愛い生物になるのか、知りたいものだ。


(ねぇ、今何時?)


 まだ索敵は終わらない。
 退屈に耐え兼ねて、ソーンがレゾに近付き、小声でそう耳打ちする。

 レゾは一瞬だけ不快な顔を示したが、懐から質素な小物を取り出した。
 二針があるが、それに動きはない。

 レゾが軽く二針を撫でると、小物に小さな光が迸る。


(今は、―――)


 動き始めた針を見て、小さく時を告げるレゾ。

 しかし彼女がそれを告げる前に、目前で索敵行動をしていた副長の姿が一瞬で消える。

 ワンテンポ遅れ、草が激しく擦れる音。

 砲弾のような速度を以って、森林の奥地に入っていったのだとレゾは把握した。


「副長殿…!」


 遅れてソーンも気付き、二人して急いで、行き先も告げない副長を追い掛ける。

 一度見失えば、彼女等に明確な行き場所が分からない。

 幸い、上官の後姿が朧げながら先の先に見えたので、切れかけた脚力強化の魔法を再びかけ直しながら、その姿が消えないよう、全力で駆けた。


「ん…ぁ…! 何なのよ一体もうッ!」


 ソーンの苛立ちを含んだ声は、果てない林の闇へと吸い込まれるように消えてゆく。
 
 
 
 
 
   続く
 
 
 

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